大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1691号 判決

原告

古瀬哲也

右代理人

三善勝哉

被告

東亜興産株式会社

右代理人

中野公夫

同復代理人

田中繁男

被告

平沼行雄

右代理人

横田聡

主文

被告らは各自原告に対し、八六五万円及びうち七八六万三〇〇〇円に対する昭和四五年三月七日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告 主文同旨

被告ら「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決

第二  原告の主張

(請求原因)

一  事故の発生

原告は、左記交通事故により後記傷害を受けた。

(一) 日時 昭和四二年四月八日午前一一時一〇分頃

(二) 場所 東京都江東区深川古石場一丁目一一番地先路上

(三) 加害車 自家用貨物自動車(足一せ四二一七、八トン積、被告平沼運転)以下被告車という。

二  被告会社の責任原因

(一)1 被告東亜興産株式会社(以下被告会社または被告社ともいう)は、鋼材(丸棒)の製造販売を業とする本件事故当時(以下単に当時ともいう。)資本金一六〇〇万円の会社である。

2 当時被告社は乗用車二台と小型四輪貨物自動車一台を所有するのみで、その製品である鋼材を輸送する貨物自動車で被告会社所有名義のものはなかつた。

3 被告会社は、右鋼材運搬一切を、いずれも道路運送法四条所定の運輸大臣の免許を受けていない尾崎某及び被告平沼の各所有名義の貨物自動車(被告車を含めて計二台)で行なつていた。

(二)1 被告平沼は、昭和四〇年夏頃から昭和四三年八月頃までの間、被告会社の鋼材運搬の業務に従事した。その間、同被告は、毎月平均二五日稼働するうち、平均二〇日被告社の業務に従事した。

2 右業務は次のような方法によつていた。

被告平沼は、被告会社にその従業員が出社するころに出社し、被告社の配車係に当日輸送すべき鋼材の数量及び注文先について指示を受けたうえ、同係より注文先への納品書、受領書の交付を受け、被告車を用いて注文先へ鋼材を運搬し、注文先へ右の納品書を交付し、受領書に注文先の捺印を得て、右の受領書を被告会社配車係に返還し、もつて輸送完了を同係に報告していた。

3 被告平沼は、被告車を駐車すべき一切の施設を持たず、同車を常時被告会社構内に保管し、同車荷台左右側面に「東亜興産(株)」と白字で表示していた。

4 本件事故は、被告平沼が、被告会社配車係の指示をうけて、被告車を運転し、東京都江東区大島の宇喜田製鋼株式会社から横浜市の東急建設株式会社工事現場へ、売主を被告会社とする鋼材を運送する途上で発生したものである。

(三) 右の諸事実からみれば、被告平沼は被告会社の従業員と業務内容において何ら異なるところはなく、被告会社は不測の交通事故による損害賠償責任を免れるため、実質は被告社の鋼材運搬のために専属的に被告車を使用していたにも拘らず同車の所有名義を被告平沼として、いわゆるもぐり業者に被告社製品たる鋼材輸送のすべてをあたらせていた。

よつて、被告平沼と被告会社との関係を形式的にみれば、運送契約上の当事者になるが、実質的には被告平沼は被告会社の被用者と何ら異なるところはない。

(四) 被告平沼が、本件事故発生時に宇喜田製鋼株式会社の注文による鋼材輸送のために被告車を運転していたとしても被告会社の責任に消長をきたさない。

仮に両者の関係を運送契約としても、被告平沼は専属的に同契約による運送業務に従事していたから、被告会社の被告車に対する運行支配力は否定されない。

(五) よつて、被告会社は被告車に対する運行支配ないし運行利益を有するもので自動車損害賠債保障法三条本文により原告の後記損害について、同人に対し賠償すべき義務がある。

三  被告平沼の責任原因

(一) 被告平沼は、前記道路(幅員約二一メートル、センターライン、通行区分および歩車道の区別がある)を門前仲町方面より越中島方面に向け、鋼材を積載して被告車を運転中、おりから、株式会社城東自動車練習所所有の乗用自動車に、近鉄大一のトラックが衝突し、警察官の指示のもとに、右両車が被告車にとつて道路左隅に移動させてあつたところ、被告平沼は、右乗用車の右事故による損害を同車後部で佇立して見積計算していた原告に気付かず、漫然同一速度で進行したため、被告車に積載してあつた鋼材を右のトラック後部へ衝突させ、そのまま右トラックを前方へ約六メートル押出し、そのため原告を右のトラック前部と、前記乗用車後部ではさみこみ、よつて原告に対し後記傷害を与えた。

(二) 被告平沼は、右の両自動車を事前に発見し、もつて事故の発生を未然に防止すべき前方注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、本件事故を発生させたものであるから、同被告は民法七〇九条によつて、原告の後記損害を賠償すべき義務がある。

四  傷害

原告は、本件事故により、左大腿骨骨折、左両下腿骨骨折、左大腿挫創、左右下肢打撲擦過傷、左下肢阻血性壊死の傷害を受け、昭和四二年四月八日より同四三年二月一七日までの三一七日間入院治療をし、その間昭和四二年四月二六日、同年五月四日、東大附属病院にて左膝下より同部分の切断手術、および左膝上約一三センチメートルの大腿中部より同部分の切断手術を受け、以後、吸着式特製大腿義足着用による歩行訓練及び虎の門病院への通院治療を続けている。

右後遺症(左大腿部切断)は、自動車損害賠償保障法施行令(昭和四一年七月一日から昭和四二年七月末日まで施行のもの)の二級(現行施行令四級に相当)に該当する。

〈中略〉

第三  被告会社の主張(答弁)

一  請求原因一の事実は知らない。

二  同二(一)の事実は認める。

同(二)1の事実は争う。被告平沼が被告会社の鋼材を運搬したのは昭和四一年九月から昭和四三年一〇月までである。被告平沼は、月平均一五日程度(月額一五万円位)、朝被告会社に顔を出し仕事があればこれを受けていたに過ぎない。被告会社には他にも運送業者が入つており、被告平沼も割の良い仕事があれば自由に他の仕事をやつていた。

同2の事実中、被告平沼が被告会社に出社し、被告会社配車係の指示を受けて鋼材輸送に当つていたとの点は否認し、その余は認める。

同3の事実中、被告車に被告会社名を表示していた点は認めるが、その余は否認する。被告車は被告平沼の自宅附近の路上に駐車していた。

同4の事実は争う。

同(三)の事実は争う。被告平沼は被告車を用い独立して運送業を営んでいたもので、被告会社は単なる運送契約上の注文主に過ぎない。

同(四)の事実は争う。

同(五)の事実は争う。

三  その余の請求原因事実はすべて知らない。

第四  被告平沼の主張

(答弁)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同三(一)の事実は認める。

同(二)の事実は争う。

三  同四の事実中、原告が本件事故によりその主張の傷病名の傷害を受け、左下肢大腿を中部より切断したことは認めるが、その余は知らない。

四  同五のうち、(八)の事実は認める。(一)〜(七)、(九)の事実は知らない。

(抗弁)

五 被告平沼は、被告車を運転中、自車を追越してきたトラックが急に左に寄つてきたため、同車との衝突を避けるため、やむなく左にハンドルを切り、駐車車両に追突して、本件事故に至つたものである。当時右駐車車両には、交通整理の人員も、事故調査中の標識もなく、周辺に被害者などが居ることも予想されなかつたので、本件事故はより大きな被害を避けるためにした結果であつて、被告平沼の行為は緊急避難行為で違法性がない。

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は、被告平沼の争わないところであり、原告と被告会社との間では、〈証拠〉により明らかである。

第二被告会社の運行供用者責任(原告と被告会社との関係における判断)

一  請求原因二(一)の事実及び被告車に当時被告会社名が表示されていた事実は当事者間に争がない。

二  〈証拠〉によれば、次の各事実が認められる。

被告会社は月売上高約一〇〇〇トンの中1/3位を買主側の工場等において引渡すもので、この場合は被告平沼外一名にその運送を依頼していた。

被告平沼は、運送業者としての営業免許をもたず、事務所、車庫等の施設を有しないものであるが、昭和四〇年夏頃から被告車を所有使用して運送業を営み、昭和四三年八月あるいは一〇月頃まで主として被告会社の鋼材運搬に従事した。すなわち、被告平沼は、日曜を除き概ね毎日朝被告会社に赴き、その営業担当者(当時木村四郎)の指示を待ち、被告社の鋼材運搬の求めがあれば、その指示する鋼材を被告社の指示する買主等のもとに被告車を用いて運搬するが、その際、右係から納品書及び受領書の交付を受け、輸送完了に際し、被告平沼において右納品書を注文先へ交付し、受領書にその捺印を得たうえ、これを被告会社の右係に交付して輸送完了を報告していた。また、被告平沼は、被告会社の仕事のない時は、被告社の営業担当者の世話で他の鋼材業者の注文による同様の運搬業務を行なうこともあつた。

被告平沼の右業務は、被告車の前所有者の清水文雄(被告平沼のもと雇主)のそれを引継いだもので、清水は昭和三八年頃からこのような業務を営んでいた。

輸送代金は、積荷の重量、輸送距離等に応じて、概ね定まつており、最終的には被告会社とその買主との間の接渉で決定し、被告平沼は被告会社から毎月一定日締切、翌月一定日払いで、毎月一括して受領するのを常としていた。

被告車は、長い鋼材の積載の必要上、荷台、運転台の構造に特徴がある。

被告車は、輸送実施の前日から、あるいは荷を積込んだ状態で、被告会社の構内に置かれることもすくなくなかつたが、その他の場合には、自動車の保管場所の確保等に関する法律に違反して道路上に駐車保管するのを例としていた。

被告会社は、前記のとおり被告車に被告社名が表示されていることや被告車が被告社構内に駐車保管することに異議を述べたことがない。

三 一、二の事実に基いて考えると、

被告平沼は独立の運送業者であつて、被告会社はその注文主であるが、被告会社は、その営業上不可欠というべきすくなからぬ量の鋼材輸送の業務を、自社の従業員、自己名義の車両によることなく、被告平沼等の運送業者に委ねており一方、被告平沼の側からみれば、同被告はその営業施設、免許をもたない等実質上運送業者としての独立性を欠き、その業務の大半は、被告会社の定めるところにより鋼材を輸送することにあつて、その積荷の品目、数量、輸送区間等も、その対価の額、支払方法もすべて被告会社が定めるものといつても過言でない。

したがつて、被告平沼の業務は、被告会社の企業としての一構成部分とみることができ、被告平沼は被告社の従業員類似の存在ということができる。

被告車は、被告平沼が右業務を行なうために、これを所有使用しているものであつて、この状態は前主清水の時期を通じ既に本件事故までに約四年間継続している。そのうえ、その構造、駐車、保管の場所、車体表示等、被告車と被告会社との関連は、さらに強いものがある。

これら事実からすれば、被告会社は、本件事故当時、被告車に対する運行支配を有し、運行利益を享受するもの、すなわち、自賠法三条にいう運行供用者であるといわなければならない。

もつとも、証人木村、被告平沼の供述等によれば、本件事故の際は、被告平沼は、被告車により当日朝被告会社の営業担当者木村四郎の世話で、被告社の同業者である宇喜田製鋼株式会社の注文を受け同社構内から横浜市の東急建設株式会社工事現場へ鋼材を運搬する途中であつたことが認められるけれども、この事実によつて、本件事故の際、被告車が被告会社の運行支配を離脱していたものとはいえない。

四  よつて、被告会社は、被告車の運行供用者として、自賠法三条により、その運行によつて発生した本件事故に基く原告の受傷による損害賠債の責任がある。

第三被告平沼の過失責任(原告と被告平沼との関係における判断)

一  請求原因三(一)の事実は、当事者間に争がない。

右事実及び〈証拠〉によれば、被告平沼は、右のとおり被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで進行中、駐車中の前記トラックを前方約一〇メートルに認めたが、そのまま進行すれば約一メートルの間隔で同車右脇を通過できる状態であつたところ、その際右後方から追い抜きを開始してきた大型貨物自動車が自車に接近したので、これに気をとられて大きくハンドルを左に切つて進行したため、自車を右駐車トラックに衝突させるに至つたことが認められる。

この事実によれば、被告平沼には、右駐車車両との間に必要な間隔をもつてその側方を通過すべき注意義務を怠り、必要以上に大きく転把して進行した過失があるというべきであつて、右所為を自車と追抜車両との衝突を避けるためにした相当の行為とみることはできない。

二  したがつて、被告平沼は、本件事故により原告に生じた損害につき、民法七〇九条により賠償すべき義務があり、同法七二〇条の要件を充たさないからこれにより免責されない。

第四原告の傷害

〈証拠〉によれば、請求原因四の事実並びに事故後全身状態が重篤で生命に危険があつたこと、入院中輸血後肝炎の所見があらわれ、その治療等のため、退院後一年間以上通院治療(実日数四八を下らない。)を続けることを必要としたこと及び左下肢大腿部切断の結果義足を装着しても長距離の歩行は困難であり、日常生活にも種々支障を来たしており、また歩行や坐位を継続した場合には右切断部が痛むことが認められる。

第五原告の損害〈略〉

第六結び

以上のとおりであるから、原告は被告らに対し各自、損害額のうち第五の一〜八の合計一一三〇万五〇〇〇円から原告の自認する填補済の二六五万五〇〇〇円を控除した八六五万円及びうち七八六万三〇〇〇円(弁護士費用を除いたもの)に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年三月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求めることができる。

よつて、原告の本訴請求はすべてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例